Yuto.Sのブログ

理系大学に在学中の2年Yuto.Sと申します!毎日のんびりと更新しています(´_ゝ`)ごゆっくりどうぞ~(^^)/

ひとりごと

 

 最近気づいたことがある。Amebaブログには、自分と同年代の方が闘病生活を送っていることに。そういった類のブログを見ると、なんだか申し訳なく思う。

 

 これは、高校の友達は知らないことだけれども自分は高校一年生の時に自殺を図ろうとしたことがある。実家に劇薬指定の「メチルアルコール99.9% 500ml」があって何度も一気飲みしようとしたことがある。致死量に達するには十分な量があったから。

 

 そもその何で家にそんな物騒なものがあったのかが不思議だけれども(苦笑)高校一年生の時の担任の田中先生には『今日も飲めなかった』という恐ろしいこと言ったのは今でも鮮明に覚えている。但し、失敗したらほぼ確実に両目を失明するという危険性があってあと、一歩が踏み出せなくて今もこうして生きている。

 

 ま、人間関係に悩んでいてのことだったからそれが改善された高校2-3年は、何にも問題がなかったんだけど。

 

  • あなたは、人を救いたかったのではない。自分自身を救いたかったのだ

 

 いつしか思いついたこの言葉はまさに、その通りだと思って戒めとしている。当時を振り返ると、明らかに精神科に行ったらなんらかの病名を言われていたに違いない。だから、「ブログ名や自己紹介欄等に精神疾患名を書いている人の気持ちがわからない」という記事を先日書いた。

 

 こういったこともあって、自分は自身を大切にしていない。早くいなくなればいいのにと思うこともある。病気にでもかかればいいのにとも思う。でも、残念なことに五体満足の身。花粉症といったアレルギー疾患すらない。

 

 「毎日、生きたいよ。死にたくないよ。私はこんな病気に負けてたまるか!」と、闘病している方と『毎日憂鬱だな。なにかの事件や事故に巻き込まれた方がいいんじゃないか。あー生きるってなんかかったるいなー』と思っている健康体。

 

 なんで、いのちってこうも不平等なのかね。自分自身と向き合って毎日を生きている人には頭が上がらない。ここで、松浦先生の言葉を思い出した。高校の時の数学の先生

 

 基本、人と比べては駄目。結局、人の物差しで自分を評価できないと永遠と苦しむよ。人間、自分の成長は自分で感じて、楽しさを感じよう。だから、人と比べているようだと、まだまだ子どもだ。(一部抜粋)

 

 闘病生活している人と比べてしまっているってことなのかなぁ。不条理なことはこの世界にわんさかある。いちいち嘆いていては身が持たないし憂鬱気味になってしまう。たまたま日陰に種を落とした植物は、数センチ隣の日光に恵まれた個体を見て、「俺もあそこに生まれていれば...」と嘆くだろうか。いや、嘆かない。

 

 むしろ、どのように工夫したら日光を享受できるかにエネルギーを費やす。そんなこと考えている時間が勿体ないはず。あーなかなか深いな。じゃあ、自分はこのようなことを嘆く前に、今やらねばならぬことをやろう。なんだっけ。

 

  • 明日提出の社会学のレポート
  • 二日後の英語のプレゼンの準備
  • 明日プレゼンの独法研究員の仕事について

 

あ、やばいやばい(汗)

 

やろうやろう